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反政府デモとコメ政策 タイの農業事情を学ぶ

記事の概要

急速な工業化を遂げたタイだが、同時に地域間格差が拡大した。タクシン前首相とインラック首相はともにタイ北部の出身であり、北部、東北部、農民に手厚い政策を実行した。

この流れの中で2011年に導入された「籾米担保融資制度」が事実上の政府によるコメの高値買取り制度なり、逆ざや販売で財政赤字の原因となった他、タイ米の輸出競争力を落とす結果となった。

このため、既得権益を奪われた従来のコメ流通業者の他、一連の政策を失政と批判する財界や官僚、サラリーマン層を反タクシン派へと向かわせることとなった。

元の記事を読む→ 【2014年01月06日:農業協同組合新聞

タイにおける所得格差の発生

農業協同組合新聞という普段まず目にしないメディアです。農業という非常に専門性の高い分野を扱うメディアですので、今回のタイの政争についても、大手紙など一般のメディアとは切り口が異なります。とても勉強になりましたので、内容をみなさんとシェアしたいと思います。

まず、タイの地域格差についてです。タイのGDPは1980年代までは農業が約半分を占めていました。しかし、急速な工業化で2011年には11.7%にまで低下しました。

これは、農業のGDPが減って、その分、工業のGDPが増えた、つまり、GDPのトータルは変わらなかった、ということではなく、ちょっと極端ですが左の図のように、農業のGDPは変わらなかったけれど、工業のGDPが激的に増えたので、かつてはGDPの半分を占めていた農業が、その比率を11.7%にまで落とした、と考えるほうが現実に合っているでしょう。

そしてここからが問題なのですが、タイで農業で働いている人は以前より減ってはいるものの、依然として40%を超えます。この40%の人たちは上の図の通り、以前と大して変わっていない農業のGDPを分けあっている。それに対し、60%の工業の人は以前よりも何倍にも伸びたGDPを分けあっている。つまり、農業とそれ以外の産業とで大きな所得格差が生まれたということです。

政府による米の高値買い取り

そして、この産業間の格差は、農業地である農村と工業等が行われる都市部との地域間格差につながります。特にその影響を受けたのが、タイの農村地帯である北部と東北部です。北部・東北部の世帯あたりの収入はバンコクの3割程度にすぎず、高等教育を受けた人口もバンコクの3分の1程度です。

そんな状況下でタイの首相に就任したのがタクシン前首相です。タクシン前首相は北部出身だったこともありますが、それ以上にバラマキ政策による支持拡大を図り、農村部や低所得層に手厚い政策を実行しました。

タクシン前首相の妹である現在のインラック首相も同じ路線を踏襲しました。農業支援拡充を政権公約に掲げて選挙に勝利し、2011年10月から導入したのが、元記事に主題として取り上げられている「籾米担保融資制度」です。これがひどい。

米1トンの価格
市場価格1万バーツ
融資基準価格1万5千バーツ

この制度は、米を担保に政府から融資を受ける制度です。米を政府に預けてお金を貸してもらうということです。問題はその価格でした。米1トンの市場価格が1万バーツだったのに対し、政府の融資価格が1万5千バーツだったのです。だったら、米を市場で売って1万バーツ得るより、政府に米を預けて1万5千バーツもらって、返しませんから担保の米は没収で良いですよ~♪ってしちゃったほうが良いですよね。

で、実際にみんなそうしました。2011~12年には生産された米の6割以上が制度を利用して政府に納入されました。籾米担保融資制度は実質的に、政府による米の高値買い取り制度となってしまったのです。

米が財政赤字を生んだ

そうなるとどうなるか? 政府が持っている生産量の6割以上に及ぶ米は、なにせ市場価格の5割増しの原価です。高いから輸出できず、2012年のタイの米輸出量は前年比で4割近く減少しました。

今までなら輸出できていた米が輸出できないのですから、政府が在庫する米の量は肥大化します。かといって、原価無視で値段を下げて輸出すると、WTOが禁止するタンピング輸出に引っかかる可能性があります。しかし放っておくと保管費用がかかりますし、腐敗もするでしょう。

そこでタイ政府は致し方なく国内で安値で販売することになりました。もちろん1万5千バーツの原価より安い価格でです。原価割れ販売の結果、3千億円の財政赤字となってしまったのです。

ばらまきが生み出した農村と都市の対立

さすがにマズイということで、インラック政権は昨年10月から融資基準価格を1万3千バーツに引き下げようとしましたが、農家の反対運動で撤回しました。今年4月から引き下げることにしていますが依然として農家の反対は強く、農村の支持を政権の基盤とするインラック首相としては非常に対応の難しい問題となっています。

一方、米の流通業者は不満たらたらです。従来は農村から1万バーツで米を買い取り、それを精米所や卸業者、輸出業者へと流通させる過程で、みんなが利益を出していました。それが政府に納入となると、自分たちが関与できないところで米が動いてしまい、今まで手にしていた利益が一切入ってこなくなります。

また、農村や地方、低所得層を政策で優遇するということは、政府が支出するお金が、農村などに今までより多く回るということで、それはつまり、今まで都市や中央、中間富裕層向けに使われていたお金が減るということです。自分たちの既得権益を減らされることに反感を持つこれらの人たちが、反タクシン派へと流れていくのは当然のことでしょう。

この結果、農村や低所得層を中心とするタクシン派と、都市や中間富裕層を中心とする反タクシン派という、国を二分する争いが起こってしまったのです。

元記事の内容をできるだけ分かりやすく紹介してみましたが、いかがでしたでしょうか。格差は解消すべきでしょうが、その動機が支持獲得でバラマキ政策となったらどうにもならないよな、と。日本の農業政策も似たようなところがあるなと考えさせられた今回の記事でした。